椎間板ヘルニアにもセカンドオピニオンは大事な選択肢

椎間板ヘルニアと長い付き合いを強いられています。

父が36歳の時、椎間板ヘルニアと診断され手術を受けました。坐骨神経痛がひどく足のしびれと足のしびれとが主な症状でした。しかしその頃の術式が不十分だったのか、医師の技術が足りなかったのか分かりませんがあまり改善することはなく、辛いリハビリを続けながら運送業に携わっていました。

診断

椎間板ヘルニアになってしまった

 

仕事をしていての事でした。少し人よりせっかちな父は、重い荷物をまとめて運ぼうとし腰椎の4番目が潰れ5番目も潰れかかっていました。その場で動けなくなり救急車で運ばれ、そのまま入院し手術を受けました。

 

当時小学5年生だった私にもはっきりと記憶に残るくらい、父の表情は辛そうなものでした。その後医師に勧められた運動のストレッチを一つ一つ丁寧に行い、何とか仕事に復帰することができました。しかし腰には最悪の仕事なので、仕事を終えて帰ってくるとあまりの痛さにいつも倒れ込んでいました。

 

病院のリハビリ

今思うと家族を養うということがどれほど重要か、そして大変かその時に学んだ気がします。

父のリハビリは家族みんなでサポートし、意見を出し合って取り組む日々が続きました。

 

整形外科リハビリ

市民プールに行って家族みんなでプールの片隅に集まり、父を見守りながら支えてきたことがとても印象深いです。

家族の努力も実らず改善の兆しがなかったので、当時では思い切った行動に出ました。今ではセカンドオピニオンという言葉がよく知られていますが、当時担当の先生を変えると言う事は非常識とされていた時代でしたので、違う病院に行くと言う事はとても勇気のいることでした。

 

有名な大学病院から地元の個人病院に変えて再度診断を受けると、とても懐の深い先生に会うことができ全てを理解した上で父を受け入れてくれました。

 

先生ははっきりとはおっしゃいませんでしたが、やはり1度目の手術に問題があるようでした。

すぐに再手術の日程を決めてくださり、1週間ほどで手術をしていただきました。

 

 

術後は大変経過もよくリハビリの必要の日々は続いていますが、父も定年までその運送会社で勤め上げ頑張ることができました。

どんな病気でも怪我でもセカンドオピニオンの重要性を思い知らされる経験でした。

     

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